日本酒は「米」を原料とし、日本で稲作が根付いた頃に生まれたとされています。
稲作をはじめとする農業は、自然を相手にするためにどうしても不作になってしまうことがあります。そのため、古来より人々は豊作を願って神に祈りを捧げたり、お祭りを行ったりしてきました。
その祈りの儀式やお祭りに必ずといっていいほど登場してきたのが、日本酒なのです。
米を原料とする日本酒が、米の豊作を祈るための神聖な儀式に用いられ、大切にされてきたのは、ごく自然な流れなのかも知れませんね。
現代においても、日本酒はお祭りなどで欠かせません。企業などでは新年祝賀会から一年が始まり、納会の際にも「祝い」の大切なツールとして、一年を通して日本酒が登場します。
天皇家の宮中においても、祝いや祭事に日本酒を用いるのは例外でなく、古くから日本酒が重用されてきました。
かつて天皇家のお膝元であった京都や大坂は、六甲山系の清流(宮水といいます)が酒造業に適していたこともあって酒造業が発展し、その中でも選ばれた酒造業者が天皇家御用達として御用を賜ることとなりました。
江戸時代には酒造業が最盛期を迎えます。特に兵庫県神戸市にある「灘五郷」は大阪湾に近く、地理的にも恵まれているため、その水運を利用して江戸や全国各地に灘五郷の日本酒が出荷されました。
灘の酒は「下り酒(くだりざけ)」と呼ばれ、江戸で評判となりました。上方(京都・大坂)から下って運ばれるため、下り酒というような名称がつけられました。
菊正宗、櫻正宗、日本盛、月桂冠といえば、一度は耳にしたことがある超有名な酒造メーカーですね。これらの酒は灘地方、西宮、京都(伏見)を起源としており、また、いずれも宮内庁御用達としての栄誉をを賜っています。
万治2年(1659年)創業の「菊正宗酒造」。古くは600年も遡り、後醍醐天皇(1288~1339年)に御影沢の井戸の水で造った酒を献上した伝承をもつ。大正4年の大正天皇御大典の御用酒を拝命し、同7年には宮内庁御用達を拝命。さらに昭和3年の昭和天皇御大典の御用酒をも拝命するなど、皇室との関係が深い。
菊正宗の特徴は「本流辛口」にあり、「飲み飽きせず、料理を引き立てる日本酒こそ本流である」をポリシーとする。時代が甘口志向に傾く中、辛口一筋の姿勢を貫いています。
享保2年(1717年)創業の「櫻正宗(株)」。創醸の歴史はさらに古く、寛永2年(1625年)の山邑家による酒造りが原点とのこと。当主は代々「山邑太左衛門」を名乗り、現当主は11代目に当たる。酒に名づけられる「正宗」は様々ありますが、この「正宗」を最初に使うようになったのは櫻正宗です。また、西宮の清流「宮水」で酒造りを初めて行ったのも櫻正宗であり、灘の酒造に多大な影響を与えてきたことが窺えます。
櫻正宗は宮内庁の御用酒にも選ばれており、現在も皇室に納入されているとのこと。
明治22年(1889年)創業の「日本盛(株)」。日本盛の純米吟醸酒「惣花(そうはな)」は御用酒筆頭として、大正天皇、昭和天皇の即位式をはじめ、上皇・上皇后両陛下、天皇・皇后両陛下のご成婚の折にも納入されています。本拠を置く西宮市は酒造に欠かせない米と水に恵まれた土地で、六甲山系の「宮水」が酒造を支えています。
「惣花」は「甘味、酸味、辛味、苦味、渋味」のバランスが良く飲みやすい日本酒で、味・成分も皇室へ納入しているものと変わらないとのこと。
寛永14年(1637年)創業の「月桂冠(株)」。京都伏見で最古の酒蔵。本拠を置く京都伏見は、灘と並ぶ日本酒の産地です。伏見酒が知られるようになったのは、豊臣秀吉が伏見築城と城下町づくりをしていた文禄3年(1594年)頃で、「多聞院日記」にも、「伏見酒」「伏見樽」などの名称がみられます。
月桂冠は明治40年(1909年)に宮内庁の御用酒に選ばれ、現在も皇室に納入されているとのこと。伏見のほか、灘にも醸造蔵を構える。
余談ですが、日本酒は海外での日本食ブームの追い風もあって、近年、外国人からの評価も次第に高まってきています。また近年、化粧品開発(菊正宗や日本盛)を進めるなど、日本酒の有効利用も高まっています。
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